「アントニオ猪木(-いのき)」(1943-)
「アントニオ猪木」は、神奈川県出身の元プロレスラー。 新日本プロレスの設立をはじめ、異種格闘技戦の実現など日本のプロレス・格闘技界に大きな影響を与えたことで知られる人物。 13歳の時に家族と共にブラジルへ渡り、農場で少年時代を過ごし、陸上競技選手(砲丸投げなど)として活躍。 1960年にサンパウロを訪れていた力道山にスカウトされ、そのまま日本へ帰国し日本プロレスに入団。 同年9月の大木金太郎戦でプロレスラーデビュー(敗戦)。当初は本名の猪木寛至名義で試合を行っっていたが、 先輩レスラーであった「豊登道春」に「アントニオ猪木」というリングネームを命名してもらう。 1972年に新日本プロレスを設立し、力道山亡き後のプロレス黄金時代を築いた。 また、異種格闘技路線への挑戦を続け、後年の総合格闘技の礎を築いている。 1989年には「スポーツを通じて国際平和」を合言葉に「スポーツ平和党」を結成し、第15回参議院議員通常選挙で当選。 日本史上初のレスラー出身の国会議員となる。 1998年に東京ドームで引退試合を行い、ドン・フライと対戦においてグラウンド・コブラツイストで勝利しレスラー時代に幕をおろしている。 (参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス) |
