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馬場俊英の名言と人物データ

馬場 俊英(ばば としひで)」(1967〜)

「馬場俊英」は、埼玉県出身の男性シンガーソングライター

ギターの弾き語りスタイルで知られるアーティストであり、

愛用ギターは、マーチンのD42、OOO-18、ギブソンのDOVE、J-45、J-50など。

1996年2月に1stシングル「星を待ってる」でフォーライフよりメジャーデビュー。


7枚のシングルを発売するものの、思うようなヒット曲が生まれなかったため、

2000年にフォーライフから契約終了を言い渡される。

その後、自主レーベル「UP ON THE ROOF RECORDS」を設立し、

自主制作アルバムを中心に発表を続け、

2005年にフォーライフミュージックエンタテイメントと再契約をし、

シングル「BOYS ON THE RUN 4 SONGS」でメジャーに復帰。

13thシングル「スタートライン〜新しい風」を熱唱し、大きな反響を呼んだ。

(参考文献:ウィキペディア&楽天ブックス&どらく)

「スタートライン〜新しい風 (アコースティック・バージョン) 馬場俊英 」

(掲載についてのお知らせ:長期間に渡り削除対象にならなかった動画の為、
レーベル側が広報用として承認している動画と判断しました。)

作品一覧(提供:楽天)を見る→


■ 馬場俊英の名言集


確かに30代は思い通りにならない時期が続きました。

僕は18歳で音楽を志して上京し、28歳でデビューしたのですが、

あまりいい結果を出せず、32歳で契約が終了しました。


それまで一緒にやっていたスタッフが、いろいろ音楽の仕事を振ってくれたので、

歌える場所があれば居酒屋でも屋形船でも喜んで行きました。


並行して曲を作り、自宅の機材で録音して。

工場や印刷会社に「CD作りたいんですが」と電話したりして、

手探りでしたが、自信作ができた時はうれしかったですね。


そしてCDをかばんにつめ、意気揚々とショップ回りに出かけていったんです。

自分は売れなくともメジャーで活動していた人間だから、

店に行ったら「馬場さん新しい曲作ったんですね」と喜んでもらえると勘違いしてね。


ところが世間は厳しくて。

自分が手にしているものはこれまでの自分のすべてであり、

未来への希望の象徴なのに、聴くはおろか手に取ってさえもらえない。


「こういうのいらないんだよね」と言われるたび、

「君はいなくてもいい」と聞こえ、

悔しくて情けなくて歩いていて涙がとまらなかったです。




ふとラジオなどから自分の曲が流れてくるのを耳にした時、

「まだ自分は世間とつながっている、僕はここにいてもいいんだ」と、

もう少しがんばろうと思えました。




CDは作ったらすぐ店頭に並ぶと思っていましたが、

自分で製作、営業を兼ねてみると、

音楽が人に届くまではなんて多くの人の汗があるんだ、と感じられた。


また通販も行ったのですが、

注文があると一つ一つ梱包しながら

「これが着いたら、この人は僕の曲を聴くんだよな」とわくわくして(笑)。


CDが1枚売れることや、聴いてもらえることがこれほどうれしいのかと、

改めて自分が音楽を行う原点に触れた思いでした。




平凡に思えた日常の中に、

たくさんのドラマがある。


誰の日常でも、一瞬一瞬をスライドショーのように切り取ったら、

そこには必ずかけがえのないものが封じ込められているはず。




僕は子供の頃に「大人になったらいろんなコツがわかって、

もう悩むことなんてないんだろうな」と思っていた。


でも自分が大人になると全くそんなことはないし、

初めて体験することも多く戸惑ってばかりです。


また最近、40代、50代の方にお会いすることが多いのですが、

彼らもやっぱり、自分がどう生きていくのか?

という悩みはつきず、むしろ深まっている。


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