「ちばてつや」

(1939年1月11日 - )

ちばてつや
作品一覧

<ちばてつやのプロフィール>
「ちばてつや」は、 『あしたのジョー』の作者として知られる東京府(後の東京都)中央区出身の漫画家、日本漫画家協会理事長、文星芸術大学教授。本名は「千葉 徹彌」。四人兄弟の長男であり、次男は元漫画家「千葉研作」、三男は漫画家「ちばあきお」、四男は漫画原作者「七三太朗」。高校生であった16歳の時に、新聞の三行広告で漫画家を募集しているのを見つけ日昭書店に応募。社長の石橋国松から道具の使い方など漫画家としての基礎を教えられ、17歳の時(1956年)に「復讐のせむし男」で漫画家としてデビュー。高校に通いながら貸本の執筆などを行い、1958年に集英社が発行する雑誌「少女ブック」に掲載された「舞踏会の少女」で雑誌デビュー。当時は少女漫画の方が新人の入る隙があったため、以後もしばらくは少女漫画を手掛け、「オデット城のにじ」や「ママのバイオリン」などの連載を行う。1961年に『週刊少年マガジン』で野球漫画「ちかいの魔球」(原作:福本和也)の連載を開始し、少年漫画も手掛けるようになり、1962年に「1・2・3と4・5・ロク」と「魚屋チャンピオン」で第3回講談社児童まんが賞を受賞。以後に「紫電改のタカ」や「ユキの太陽」などのヒット作を手掛け、1965年に発表した「ハリスの旋風」はテレビアニメ化もされている。1968年に劇画作家「高森朝雄」と組み、ボクシングを題材とした「あしたのジョー」を発表し、同作は爆発的なヒットを記録。一躍社会現象とまでなった他、『週刊少年マガジン』の発行部部数を飛躍的に伸ばし、当時を代表する漫画家のひとりとして知られている。主な発表作品に「あしたのジョー」「あした天気になあれ」「少年よラケットを抱け」「のたり松太郎」「おれは鉄兵」「みそっかす」「ハリスの旋風」「紫電改のタカ」「1・2・3と4・5・ロク」「ちかいの魔球」「ママのバイオリン」などがある。 (参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)



ちばてつやの名言一覧


真っ白な灰になるまで頑張れた、

という生き方がしたかった。




文化が花咲くときは色々な花が咲きますが、

一つ壊せばみな壊れてしまう。




『コレは悪い』と決めつけるではなく、

選ぶのはあくまで読者。

自然淘汰を待てばいいのです。



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「ありがとうございます・笑顔セラピーねっと」の代表を務める実業家・作家・心理カウンセラー

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