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柄本明の名言と人物データ
「柄本 明(えもと あきら)」(1948〜)
愛称は「えもっちゃん」。
特異な容貌と、独特の存在感で、テレビや映画などで活躍する人物。
生家が歌舞伎座の裏手にあったことや、
映画や演劇好きの両親・家族に囲まれて幼少期を過ごしたことが、
俳優を志すきっかけのひとつになったとのこと。
1974年に自由劇場へ参加し俳優として活躍。
1976年に自由劇場時代に知り合った、ベンガル・綾田俊樹らと共に、
「劇団東京乾電池」を結成。
1982年に『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』や『道頓堀川』で、
ブルーリボン賞 助演男優賞を受賞。
1998年に『カンゾー先生』で第23回報知映画賞最優秀主演男優賞や、
日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞。
2004年に『座頭市』などで第58回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。
シリアスな演技だけではなく、笑いを呼ぶ演技での評価も高い人物であり、
『志村けんのだいじょうぶだぁ』や『志村けんのバカ殿様』などで、
志村けんとのコントは息がピッタリで印象深いが、
本人は「コントは志村さんとしかやらない」と明言している。
また、1976年〜1978年までベンガル・綾田と共に、
『ひらけ!ポンキッキ』のお兄さんも務めていた。
(出典:ウィキペディア&楽天ブックス&どらく)
■ 柄本明の名言集
人間の大事な何かっていうのは、
アマチュア性にあると思うんです。
これをやることでお客が来るとか、お金がもうかるとか、
そういう邪念のないところで、
純粋にとにかくやりたいから突き進む、突き詰めていく。
そういうアマチュア性があるからこそ、
プロとしての仕事ができるんじゃないかと。
人はね、人の言う通りになんて動きませんよ。
例えば「そこからあそこまで物を動かして」と言われたことだって、
それを実際にやる瞬間、自分の肉体を通るわけだからどうしたって己が出てしまう。
自我が出る。そことの闘い、葛藤(かっとう)みたいなものはありますよね、
いくら台本のままでいいと思っていても。
誰かに何かを伝えようとした途端、そこでぶつかり合い、
「なかなか伝えられないもんだ」と勉強するわけでしょう。
表現しようとして逆に表現できないことに気づくこともあるし。
結局、ずっとその繰り返しなんですよ、人生って。
人間は欲望のかたまりで絶対満足なんてしない。
不満と不安を抱えてずっと生きていく生き物でね。
僕は、職業っていうのは、
人を狂わすって感じがしてならないんだよね。
社会はよく「自分の職業に誇りを持て」とか言うでしょ。
その感覚が何とも人を狂わせるっていう気がしてしまう。
自分のやっていることはすばらしいと思った瞬間に、
人はダメになってしまう。とくに役者なんてそうでしょう。
以前、ある芝居仲間が「自分の職業にはコンプレックスを持つべきだよね」
と言ったことがあったのですが、
なんて頭のいい人なんだろうと思いました。