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原田大二郎の名言と人物データ

原田 大二郎(はらだ だいじろう)」(1944〜)

「原田大二郎」は、神奈川県出身の俳優大学教授

明治大学法学部卒業後に日本三大新劇団として知られる「劇団文学座」に入座。

1970年に映画「裸の十九才」(監督:新藤兼人)の主演でデビューを果たし、

1975年のテレビドラマ「Gメン'75」の関屋一郎警部補役で、

広く世間に知られる俳優となる。

その後も、数多くの映画や舞台などで活躍し、

1980年代後半からは「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の、

幸福配達人としての出演をきっかけに、バラエティ番組やレポーターなどでも活躍。

2001年からは明治大学の特別招聘教授として朗読を学生達に指導している。


主な出演映画作品に「長州ファイブ(2006年)」「ハウルの動く城(2004年)」

「IZO(2004年)」「草の乱(2004年)」「実録・安藤昇侠道伝 烈火(2002年)」

「安藤組外伝 掟(2000年)」「極道の妻たち 死んでもらいます(1999年)」

「ズッコケ三人組 怪盗X物語(1998年)」「墨東綺譚(1994年)」

「ゴジラvsメカゴジラ(1993年)」「課長島耕作(1992年)」

「敦煌(1988年)」「スタア(1986年)」「幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬(1986年)」

「蒲田行進曲(1982年)」「月光仮面(1981年)」など多数。

(参考文献:ウィキペディア&楽天ブックス&どらく)

原田大二郎 - Gメン'75

作品一覧(提供:楽天)を見る→


■ 原田大二郎の名言集


ゴールなんてありません。

僕は40の誕生日の日に「修行の入り口」に立ったと実感した。

ここでいいんだ、このままでいいんだってね。


すると20歳から芝居を始めてこれまでの20年間の修行時代は、

この入り口を見つけるための右往左往だったんだ、と。

じゃ、あと20年やれば、60歳では一人前の役者になれるかなって。




続けていけばそこそこ芝居もうまくなるし、

感心してもらえる程度にはなれる。


でも、そんなんじゃダメだ。

そこで終わりたくはない。

「人生って素晴しい」と感動してもらえる芝居がしたい。




僕も含めて今の日本の演劇界はサボりすぎている。

「このくらいで、いいでしょう」で良しとしているところがある。

そこを変えていかないとね。




芝居が終わると駆け寄ってきて、握手を求めた。

泣いてるんですよ。その時思ったんです。

「ああ、芝居はこんなにも熱く人を感動させるものなんだ。

一生かけて追求する価値のあるものだなあ」と。

それから今にいたるまで一度も芝居を辞めたいと思ったことはないですね。




「ありがとう」、「こんにちは」。

そんなひとことで足りるはずなんです。


「感謝ってこういうことなのか」

「こんな美しいあいさつは聞いたことがない」

そんなふうにお客さんの心を揺さぶって、

感動してもらえるセリフが言える役者を目指したいね。




たとえば王貞治監督が現役時代、

ホームランを打つ打席が、僕にはわかった。

テレビから圧倒的な集中力が伝わってきたから。

若い俳優には時々起こります。


ある瞬間から、声が安定し目つきが変わる。

自分との対話をしているのです。

「役と一緒に生きてるな」と思わせる瞬間。

「のってる」って僕らは言ったりします。

それも集中力のたまもの。


人は集中した時にもう一つ先の境地に進みます。

見ている人は、圧倒される。

舞台上に実人生を見るのですから。




今の学生は自己規制の権化、

激しく自分を規制して生きてるんだね。


「それは、しないほうがいい」というところから入っているから。

それが生き方の前提にあるみたいです。


だから舞台に立っても、できるだけ目立たないように(笑)。

それを舞台では何をやってもいい、

自由なんだよというメッセージを送り続ける。


それを身をもって納得した瞬間、彼らの目が変わる。

顔つきが変わるんです。


僕らの青春時代と何ら変わらない若者がそこに現れるわけです。

だから、「今どきの若い者は〜」なんて言っているうちは、

若い人を真剣には、見ていないんだと思いますよ。


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