「石川 さゆり」

(いしかわ さゆり / 1958年1月30日 - )

石川さゆり
作品一覧

<石川さゆりのプロフィール>
「石川さゆり」は、熊本県出身の女性演歌歌手女優。小学校2年生の時に女性歌手の「島倉 千代子(しまくら ちよこ)」のコンサートに感動し、歌手に憧れを持つようになったと語っており、中学3年生の時にフジテレビのオーディション番組に合格し芸能界入り。1973年に「かくれんぼ」でアイドル歌手としてデビューを飾る。その後、約4年間の間ヒット曲に恵まれなかったものの、1977年に発表した「津軽海峡・冬景色」が大ヒットを記録し、日本レコード大賞をはじめ数々の音楽賞を受賞するなど、広く世間に知られる女性演歌歌手となり、その後も数々のヒット曲を生み出している。また、映画やテレビドラマなどで女優としても活躍しており、バラエティ番組などにもたびたび出演するなど幅広い活動を行っている。1980年代後半には「カミパレス」(カラオケボックス運営会社)の共同経営を行うなど、実業家としても活躍の幅を広げていたものの、現在は経営からは撤退しているとのこと。主な出演ドラマに「功名が辻(2006年)」「水戸黄門(1981年)」「大江戸捜査網(1980年)」「ぬかるみの女(1980年)」「おはなちゃん繁昌記(1978年)」「大空港(1979年)」「明日の刑事(1978年)」「新・夜明けの刑事(1977年)」「事件ファイル110(1976年)」「光る海(1972年)」など。主な出演映画作品に「トラック野郎故郷特急便(1979年)」「伊豆の踊子(1974年)」「としごろ(1973年)」など。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス+朝日新聞どらく)



石川さゆりの名言一覧


「一生歌い続ける」といった気負いはなく、

楽しんで歌える限りは歌っていると思います。


万が一、全然楽しめなくなったり、

仕事として音楽をとらえ始めてしまったら、

スパッと辞めると思いますよ。


何に対しても未練は残しません。




(歌について)

言葉やメロディーをただ追いかけているだけでは、

歌の世界を表現することはできない。


歌の世界の女が私のからだの中を通過した時に、

どんな言葉として、どんな音として出てくるのか。


私自身とてもわくわくする瞬間です。




「天城越え」の世界なんて、

実生活でやったら大変なことになるでしょ(笑)。


でも、歌の世界なら許される。

だったら、歌う時ぐらい思いっきり、

その世界に浸って生きちゃったほうが気持ちいい。




(同じ歌でも歌うたびに感じるものは)違います。

だから面白い。


「津軽海峡・冬景色」なんて

もう30年以上歌い続けていて、

それでも飽きないのは、

その時々に見える景色、感じる空気が違うし、


歌の中の女が気弱だったり、強気だったり、

あるいは達観しているように感じたりと、

彼女の感情も

異なって感じられるからでしょうね、きっと。




15歳でデビューしたものの、

最初の5年間はまったく売れなかったんです。


でも、その時は

「ヒット曲を出すまでは絶対に辞めない」

と幼な心に思っていました。


「津軽海峡・冬景色」が大ヒットし、

「ああ、いつ辞めても悔いはないかな」

と思いつつも、

歌うことが楽しくて楽しくて。


結局、気づいたら今日に至ってしまった。




これからもきっと私は、

前を見て突き進んでいくのだとは思う。


でも、たまにはちょっとだけ、

昔を振り返ってもいいんじゃないかなっ。




一つ大きなステージや仕事が終わると、

スイッチを切り換えて旅に出たくなります。


最近で印象に残っているのはモンゴルとアフリカ。

モンゴルでは遊牧民の家族と一緒に過ごしました。


その時、お礼がしたくて

「洋服を送りたいのですが、

どこへ送ったらいい?」と聞いたら、


「私たちは遊牧民。

何も残さない文化の中で生きている。

だから、いつどこにいるかなんてわからない」と。


アフリカでは「日本では最初の雨はいつ降るの?」

と聞かれてびっくり。

乾期と雨期のあるアフリカの人ならではの

問いかけでした。


そんな人々と話していると

「ああ、なんて自分は小さな枠の中で

モノを考えて生きているんだろう」

と思います。



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