「鹿賀 丈史」

(かが たけし / 1950年10月12日 - )

鹿賀丈史
作品一覧

<鹿賀丈史のプロフィール>
「鹿賀丈史」は、石川県金沢市出身の俳優。本名は「勝田 薫且(かつた しげかつ)」。9歳から少年合唱団、高校時代は合唱部(テノール/指揮者)、高校卒業後は東京音楽大学などへの進学を目指すなど、元々はクラシック声楽家を志していたが、友人の誘いからオーディションを受け、1972年に劇団四季に入団。芸名の「鹿賀丈史」は同劇団代表であった「浅利慶太」が名付け親。劇団四季では『ジーザス・クライスト=スーパースター』で主演デビューし、注目を集める。1980年に劇団を退団してからも、舞台での活躍を続け、舞台役者としての地位を確立。一方で、映画やテレビドラマでも活躍する人気俳優としても広く知られるようになり、1993年には料理バラエティ番組『料理の鉄人』にも出演。彼の大仰な演技や振る舞いが番組の顔になるなど、バラエティの才能も見せている。これまでに映画『疑惑』(1983年)、映画『麻雀放浪記』(1984年)、映画『キャバレー』(1987年)で日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した他、1998年には『レ・ミゼラブル』の初演以来舞台の中核として活躍してきた功績に対して「菊田一夫演劇賞特別賞」、2005年に『ジキル&ハイド』『レ・ミゼラブル』で菊田一夫演劇賞演劇大賞などを受賞している。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス+朝日新聞どらく)



鹿賀丈史の名言一覧


役者というのは

スタッフや作品との出会いによって、


自分の人生が

決まっていくものなんですよね。




人が台本に書いた人物を

自分の肉体を通して演じる、


それもうそではなくて、

自分の気持ちも自然に動かしながら

人間というものを演じる

というのが無性に面白かった




芝居に出会っていなかったら

今日の私はないと思う。


何をして生きていいのか

分からないままだったはず。


だからこそ芝居を大事にしていくことが、

私が生きていく上での


「素(もと)」みたいなことだろう

と今でも思っています。




役者を長くやることが

いいことだとは思っていません。


年をとると味わいが出てくるとか言いますが、

そうとも思いません。


ただ、やはり芝居は

自分にとって必要不可欠なものだから、

できる限りは続けたい。


とはいえ、若い人のような直球勝負ではなく、

カーブや変化球もありながら、

穏やかに進んでいくような

芝居やミュージカルを

自分なりにやっていけたらと思っています。




オフで力を抜いているからこそ、

芝居に集中力や、

自分の持っている力の全てを

注ぐことができるのだと思っています。




作品によって違うのですが、

役と自分との距離感はとても意識しています。


役に入り込み過ぎると

お客さんが息苦しいだろうし、


役との間に距離があり過ぎると

今度はお客さんの間に

隙間風が通るようなことになってしまうので。


自分自身と登場人物との間には

確かに境界線があるものなのですが、

どこかに非常に近い接点があるんです。


その接点の濃さや、

距離が揺れ動く感じを探りながら

演じるのは好きですね。


まあ、いろんな意味で

役と自分とのバランス感覚が、

演じる上ではすごく大事だと思っています。




舞台だとね、

その世界にお客さんが

スーッと入って来られているな、

と感じる瞬間があるんです。


その時が一番うれしいですね。

ごそごそと荷物をいじっているのではなく(笑)、

我を忘れて吸い込まれてくれる。


そういう感じで楽しんでもらうため、

役者はお客さんを追い掛けるのではなくて、

逆についてきて頂くような

芝居をしないといけないなと思います。



sponsored link


バックナンバー

次の名言:オスカー・ワイルド
ヴィクトリア朝時代のイギリス文学作家の1人に挙げられる詩人・作家・劇作家
前の名言:ジョージ・ムーア
アイルランドの小説家・詩人・美術評論家・劇作家

sponsored link