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小山明子の名言と人物データ
「小山 明子(こやま あきこ)」(1935〜)
「小山明子」は、千葉県出身(育ちは神奈川県)の女優・エッセイスト。
夫は映画監督の「大島 渚(おおしま なぎさ)」。
1955年に松竹映画「ママ横をむいてて」で女優デビュー。
松竹の助監督だった大島渚と1960年に結婚。
その後も女優活動を続け、数多くの映画やドラマに出演。
1969年には映画「少年」で毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。
1996年に夫の大島渚が脳出血で倒れてからは、夫の介護に専念するようになり、
その経験から介護についての講演会やエッセイストとしても活躍している。
主な著書に「小山明子のしあわせ日和 大島渚と歩んだ五十年」
「笑顔の介護力 妻たちが語るわが夫を見守る介護の日々」
「パパはマイナス50点 介護うつを越えて夫、大島渚を支えた10年」
「いのち、輝く! もう一度メガホンをー大島渚を支えた介護の日々」などがある。
(出典:ウィキペディア&楽天ブックス&どらく)
■ 小山明子の名言集
どんなに騒いでも現実は変わらない。
だったら病気の夫とそれを支える妻であることを受け入れ、
私は大事な人を守って生きると腹をくくりました。
結婚前の(夫との)手紙で、
いずれ世界に通用する監督となり、
私をカンヌに連れて行くと書いてくれたことも、
当時は夢のまた夢でしたが、
有言実行してくれましたね。
彼(夫)は常に私の背中を押してくれました。
結婚して女優を続けたこともそうですが、
最初に文章を書く依頼があった時もそう。
できないと断ろうとしたら、
「あなたは手紙を書くのが好きだからそのつもりでやればいい」
と言ってくれたんです。
それをお引き受けしたことから、
今もエッセーなど書く仕事が続いています。
また、講演の話が来た時も、
「とても人前ではしゃべれない」とお断りしようとしたら、
「あなたは僕相手に毎日何時間もしゃべっているじゃない」と(笑)。
知恵は生活していると付きますが、
知識は本を読まないと増えない。
人はつらい時、知識に救われると思います。
私は、人間はよき死を迎えるために、
今を生きていると思っています。
最期の時に、自分はいい人生だったと思いたい。
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