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工藤公康の名言と人物データ

工藤 公康(くどう きみやす)」(1963〜)

「工藤公康」は、愛知県出身のプロ野球選手(投手)。

在籍した球団で何度も優勝と日本一を経験しており、

このことから「優勝請負人」と呼ばれている。

また最年長記録を次々と更新することから「鉄腕」と呼ばれている名投手。


名古屋電気高等学校(現:愛知工業大学名電高等学校)時代に、

1981年第63回全国高等学校野球選手権大会に出場し、

2回戦で史上18人目となるノーヒットノーランを達成。

その後、西武ライオンズにドラフト6位で入団。

西武黄金時代の中心投手となり、

縦に落ちる独特のカーブで多くの名試合を生んだ人物。


主な著書に「探究力。 人間「工藤公康」からのメッセージ」

「現役力 自分を知ることからすべては始まる 自分を知ることからすべては始まる」

「僕の野球塾 「考える力」こそ最強の武器」

「限界を作らない生き方 2009年、46歳のシーズン」「47番の投球論」などがある。

(出典:ウィキペディア&楽天ブックス&どらく)

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■ 工藤公康の名言集


僕らの若い頃は「プロはやるかやられるかの世界。

投げて打たれたら飯は食えない。

そうならないため死に物狂いでやれ」と言われたものです。




20代の終わり、心身共にボロボロになり、

2軍落ちして世間からも「工藤はもうダメだ」

と言われた頃がありました。


その時出会ったスポーツトレーナーでもある白木仁先生に

「もうこれ以上トレーニングしても伸びないのでは?」と聞いたところ、

「工藤君はまだまだ大丈夫。先へ行けます」とあっさり言われました。

それ以降、先生の指導のもと、トレーニングを重ねて鍛えていったら、

本当にどんどん強くなっていきました。


それからですね、

年齢は関係ないと思うようになったのは。




限界は自分がそう思った瞬間に訪れるものでしかない。

そう気づいてから、自ら限界を作らないと決めました。

とにかくやれることを一生懸命やろうと。




プロ入りの時や、遊んでいた20代、

日々のトレーニング、すべてにおいて僕は後悔だらけです。

今でこそ2軍にいますが、キャンプの頃に無理せずに

もう少しファームでじっくり体を作っておけば、

今頃1軍で投げることができたのになって。

何より、後悔のない人生なんてないでしょう。




スポーツでなくてもいいのですが、

一つのことに夢中になっている子どもはいいですね。

目の輝きが全然違う。




目標にする選手はいません。

だって誰かを目標にしたら、

その人を超えることはできないじゃないですか。

だから自分が目標にされるように頑張ります。




限界はいつか来るだろう。

周りが言うのは仕方ないが、

自分で作ってはいけない。




練習は嘘をつかない。

練習したことは必ず自分自身に返ってくる。




努力に勝る、

天才はない。




知らないんじゃない!知ろうとしないだけ!

解らないんじゃない!解ろうとしないだけ!

辛いんじゃない!辛かった後の喜びを知らないだけ!



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■ 地球の名言