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久原房之助の名言とプロフィール

久原 房之助(くはら ふさのすけ)」(1869〜1965)

「久原房之助」は、山口県出身の実業家政治家

「鉱山王」の異名で知られた人物であり、

日立製作所の基盤となった久原鉱業所や久原財閥の総帥。

政治家としても逓信大臣、内閣参議、大政翼賛会総務、

立憲政友会総裁など歴任している。


慶應義塾を卒業後の1890年に森村組に入社。

後に藤田組に移り、1903年に同社を退社。

1910年に日立製作所を、1912年に久原鉱業所を設立。

鉱山経営を軸に業績を拡大し、造船業・肥料生産・商社・生命保険を、

傘下とする久原財閥を形成していく。

大正末期に久原鉱業を鮎川義介に譲渡。(同社は日産自動車の基礎となった企業)


昭和に入った頃から、政界への進出を始め、

旧山口1区の衆議院議員総選挙で当選を果たす。

逓信大臣や立憲政友会幹事長などを務め、政治家として順調であったものの、

二・二六事件に連座して、一時的に影響力を喪失してしまう。

しかし、鳩山一郎の勢力とうまく連携を取り、総裁代行委員に就任する。

その後も平沼内閣内閣参議や大政翼賛会総務なども務めており、

その権謀術数の巧みさから「政界の黒幕」とも称された人物。

(参考文献:ウィキペディア&楽天ブックス)

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■ 久原房之助の名言集


誰がなんと言おうが、

自分の心がへこたれなければ、

へこたれたことには、ならない。


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