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倉本聰の名言と人物データ

倉本 聰(くらもと そう)」(1935〜)

「倉本聰」は、東京都出身の脚本家劇作家演出家

1959年にニッポン放送に入社し、『パパ起きてちょうだい』で脚本家デビュー。

その後、同社を退社しフリーの脚本家になり、

1976年に東京の下町を舞台にしたドラマ『前略おふくろ様』で、

ゴールデンアロー賞、毎日芸術賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞。

1981年には富良野を舞台にした家族ドラマ『北の国から』で高い評価を受け、

他にも歌志内市、上砂川町を舞台とした『昨日、悲別で』の脚本、

富良野を舞台に父子の絆の断絶と再生を描く『優しい時間』の原作など、

北海道を舞台とした数々のドラマを生み出している人物。

夫人は女優の平木久子。

2000年に紫綬褒章、2010年に旭日小綬章を授与されている。


主な著書に「あなただけ今晩は 星の世界の夕子」「北の国から 前後編」「君は海を見たか」

「わが青春のとき」「北の人名録」「前略おふくろ様」「6羽のかもめ」「ガラス細工の家」

「幻の町」「昨日、悲別で」「坂部ぎんさんを探して下さい」「いつも音楽があった」

「冬の華」「ひかりの中の海」「ライスカレー」「時計 アデュー・リベール」「谷は眠っていた」

「上流の思想・下流の思想」「ゴールの情景」「玩具の神様」「愚者の旅」「優しい時間」

「たとえば、愛」「失われた森厳 富良野風話」「拝啓、父上様」「風のガーデン」などがある。

(出典:ウィキペディア&楽天ブックス&どらく)

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■ 倉本聰の名言集


僕は「そうは言っても」「前例がない」という言葉が大嫌い。

そんなことを言っていたら、

世の中も自分自身もチェンジすることなんてできません。

「前例がない」ことをやるからこそ「新しい挑戦」になる。




根底で考えろ。

演じることも書くことも、生きることも、

すべて常識で考えるな。




たとえば、「富士山に登った」と言う人は多いけれど、

たいていは5合目辺りまで車などで行き、

そこからスタートして登ったと言っているわけです。

でも、本当に標高3776メートルの富士山を登り切ったと言うなら、

僕は駿河湾から歩き出すのが本筋だと思う。

つまり、いつの間にか5合目スタートが常識になってしまっているわけです。

物事には「そもそも」という根本があります。

根本が進化し、社会基盤になり、常識になっていく。

5合目が常識になってしまうと、

人はこの「そもそも」の部分、根本を考えなくなる。

それが僕は怖い。

だから、物を書くときでも何かを考えるときも、

僕自身、常に根底に戻り、根本を見つめるようにしている。




物を作る人間には、

ふっと神様が降りてきてくれる瞬間があるような気がします。


でも、その前に技術は磨いておかないといけません。

ひらめいたときに、それを具体化する能力を、

技術として持っていないといけないでしょうね。




もしも君たちがなくしものをして、

それがどうしても見つからなかったら、

富良野に探しに戻っていらっしゃい。


残雪の溶けた熟地のぬかるみに、

君らの探しものは転がっているはず。




■ 地球の名言