「野村 徳七」

(のむら とくしち / 1878年8月7日 - 1945年1月15日 )

野村徳七
書籍一覧

<野村徳七のプロフィール>
「野村徳七」は、「野村證券」の創業者として知られる実業家。両替商であった「野村徳七(初代)」の長男であり、野村財閥を築きあげた人物。幼名は「野村信之助」。初代徳七の隠居に伴い信之助が徳七を襲名し、弟の実三郎や元五郎らと野村商店を運営。日露戦争や第一次世界大戦の相場で大きな利益を得た後、1918年に大阪野村銀行(後の大和銀行→りそな銀行)を設立、1925年に証券部が「野村證券」として独立。貴族院勅選議員なども務めた他、文化発展のために尽力したことでも知られ、日仏文化協会創立にも関わったことからフランス政府から勲章を受章している。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)



野村徳七の名言一覧


常に一歩前進を

心掛けよ。


停止は、

退歩を意味する。




男である以上、

猛進が必要である。


無謀なる猛進は不可だが、

必要な猛進は

やらなければならない。


なぜならば、

人は神ではないのだから、

烈々たる強気観でいけば

自ずから通ずるものだ




企業を経営するのに、

危険を恐れすぎて

九割九分までの確実性を要求するのは

不可である。


むしろ多くの人に変わって

合理的に危険をおかすことにこそ、

企業家の本分がある。




企業家たるものは、

7割の確実性をつかむために

玉の汗を流すと同時に、


一度、その7割の確実を握ったら、

目先の小さな危険を突き飛ばして、

突き進むだけの勇気と

用意がなければならない。




なんでも

命がけでやれ。



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