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奥田瑛二の名言と人物データ

奥田 瑛二(おくだ えいじ)」(1950〜)

「奥田瑛二」は、愛知県出身の俳優映画監督

妻はエッセイストの「安藤和津」。

1976年に特撮テレビ番組「円盤戦争バンキッド」の主人公役でデビュー。

『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』(1985年)、『男女7人夏物語』(1986年)、

『金曜日には花を買って』(1986年 - 1987年)などの名演で人気を獲得し、

1993年の映画『棒の哀しみ』でブルーリボン賞など数多くの映画賞を受賞。

ヤクザからアダルトビデオ会社社長、パチンコ屋社長など、

アウトローな役を難無く演じる積極性を武器に、

テレビドラマや映画を中心に活躍している。


また2001年には『少女〜AN ADOLESCENT』で映画監督デビューし、

2006年に公開した『るにん』(主演:松坂慶子)で多くの映画賞を受賞。

3作目の監督作品となる『長い散歩』(主演:緒形拳)では、

モントリオール世界映画祭のグランプリをはじめ、

国際批評家連盟賞とエキュメニック賞も同時受賞し、

計3冠を獲得するという快挙を達成している。

(出典:ウィキペディア&どらく)

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■ 奥田瑛二の名言集


あの頃(1960〜1970年代)の日本って、誰もが何かに夢中になっていたし、

自らの情熱を社会にぶつけていた。

「これまで会社のために一生懸命働いてきたんだから、

定年後は退職金で悠々自適に過ごしたい」という人も多いと思う。

でも、今の時代、60歳なんてまだまだ若造なんだから、

今日まで生きてきた経験をこれから

どう社会で活かしていくかという視点を持って行動してほしい。




1968年、僕が18歳で大学へ入った年でした。

あの頃、「3億円事件」「70年安保」を目の当たりにし、

角棒を持って時代や社会と対峙してきたはずの団塊世代が、

いつしか世の中から目を背け、

自分たちが戦ってきた時代をノスタルジックにしか思い返さなくなってしまった。

そんな同世代に対して、

「時代や社会に対して、何の始末もつけないままでいいんですか」

「リタイアして温泉旅行やそば打ち学校へ行っていていいんですか」

「もっとやることがあるんじゃないですか」と問いかけたい。




僕だって酒を飲んだり、女性が好きだったりして、

はたから見ればすごく不埒でいい加減に見えるところもある。

でも、本当は何をやりたいのかという志は芯の部分に頑なにあって、

それに向かってどう人生を生きていくかをすごく考えます。

人としてそれはとても大事なことだと思っているから。




「あきらめきれないものがあるなら、

ちゃんとそれに向き合いましょうよ」と言いたいですね。

それと、自分に確固たる思いがないとしても、

少なくとも老人たちはもっと若い人たちに語るべきだよね、

経験してきたことを。

おとぎ話も戦争体験のことも一切話さなくなったというのは本当に残念。

結局、年を取ると社会から離脱し、

老人介護というホスピタリティーの中に閉じ込められ、

元気をなくしていくしかない。

そういう社会構造になってしまっているのが悲しい。




8年ほどかけて映画の方程式を徹底的に学びました。

「それぞれのパートのプロがいるから僕は何も知らなくてもいい」では、

誰もついてこないし、

基礎を知らなければ本当に撮りたい映画はできない。




■ 地球の名言