「最澄」(さいちょう)
「最澄」は、日本の天台宗の開祖として知られる平安時代の僧。俗名は「三津首広野(みつのおびとひろの)」。12歳のときに近江国分寺に入り、出家して「行表」の弟子となり、14歳のときに得度し名を「最澄」に改める。その後、湛然の弟子の道邃と行満から天台教学を学び、禅や密教なども相承。806年に最澄の上表により、天台業2人が年分度者となり、これが南都六宗に準じる(日本の天台宗の開宗)。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス) |
一燈照隅 万燈照国
(いっとうしょうぐう ばんとうしょうこく)
※意味…一人ひとりが自分の身近の一隅を照らす。
それだけでは小さいあかりかもしれないが、
その一隅を照らす人が増えていき、
万のあかりとなれば、
国全体を照らすことが出来る。
忘己利他
(もうこりた)
※意味…己を忘れて、
他人を利を考える。
これが慈悲の極みである。