「榊原 英資(さかきばら えいすけ)」(1941-)


著書一覧

「榊原英資」は、元大蔵省の官僚として知られる経済学者大学客員教授ビジネス・経済書作家。東京大学の経済学部を卒業後、東京大学大学院へ進学。同修士課程修了後、大蔵省入省。 関税局国際課、財務官室付主任、豊岡税務署長、理財局国庫課長、理財局総務課長、東海財務局長、大臣官房審議官、国際金融局次長、財政金融研究所所長、国際金融局長、財務官などを歴任し、退官。 慶應義塾大学のグローバルセキュリティーセンター教授を経て、2006年に早稲田大学の総合研究機構客員教授に就任。2010年からは青山学院大学の教授を務めている。 主な著書に「日本をもう一度やり直しませんか」「辺境から中心へ 日本化する世界」「日本は没落する」「日本脳 改造講座」「世界同時不況がすでに始まっている! そこで、どうする日本経済」「図解 業界地図が一目でわかる本」「龍馬伝説の虚実 勝者が書いた維新の歴史」「フレンチ・パラドックス 経済の新世界勢力図」「絶対こうなる!日本経済 この国は破産なんかしない!?」 「ドル漂流」「日本人はなぜ国際人になれないのか 翻訳文化大国の蹉跌」「知的食生活のすすめ 食文化と歴史から考える新しいライフスタイル」「君たちは何のために学ぶのか」「榊原式シンプル思考力」「大不況で世界はこう変わる!」「メルトダウン 21世紀型 金融恐慌の深層」「榊原式スピード思考力」 「間違いだらけの経済政策」「強い円は日本の国益」「没落からの逆転 グロ-バル時代の差別化戦略」「食がわかれば世界経済がわかる」「パラダイム・シフト(大転換) 世界を読み解く」「政権交代」「幼児化する日本社会 拝金主義と反知性主義」「黄金の人生設計図 人生九〇年をどう生きるか」 「人民元改革と中国経済の近未来」「インドを知らんで明日の日本を語ったらあかんよ」「日本と世界が震えた日 サイバ-資本主義の成立」「アジアは近代資本主義を超える」「本物の実力のつけ方」「年金が消える」「日本経済は復活する!」など多数。 (参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)



榊原英資の名言一覧


ほとんどの問題に解答はない。

正解があるのは、

学校のテストだけ。




人は大人になると、

"私は色んなことがわかっている"

と誤解をします。


するとその時点で、

「考える」という行為そのものが、

スタートしなくなってしまうのです。


情報収集も調査活動もしない。

だから論理的思考の基礎にも立てない。


まあ、きっとこういうことだから…と、

中途半端な理解で思考放棄したまま、

日常生活を送ってしまう…。


「考える力」が鍛えられないのは、

そうした"考えない習慣"を、

多くの人が作ってしまうからに他なりません。




だいたい"専門用語"というものは、

曖昧なことをごまかして説明するために、

使われることが多いもの。


だから、わからなければ、遠慮せずに、

どんどん質問するべきです。




どんな意志決定も、

「間違っている可能性がある」ということは、

常に意識しなくてはならないのです。


ところが問題は、

一つの意思決定をして成功すると、

いつのまにかそれが「正解」として、

私たちの頭に刷り込まれてしまうことです。


たとえば会社の業績が悪化したときに、

とある経営者の決定で起死回生ができたとします。

その結果、経営者は英断をくだしたということで、

カリスマ視されたりします。


そこまではいいのですが、

それから「彼の決定は絶対だ」ということになると、

以後のどんな決断もカリスマの意見に、

従うようになってしまう。


そうした成功体験があったために、

かえって没落していく企業はいくらでもあります。




誰にでも、もちろん、

「こっちのほうが好きだ」とか、

「感情としてこっちを選びたい」

という好みはあると思います。


しかし考えるときはそんな好みをできるだけ排除し、

あくまでも冷静な論理で導き出した確率によって、

選ぶべき判断を実行していかねばならないのです。




「日本史を知らない」ということは、

「日本文化の説明ができない」

ということに通じますから、

まず国際社会に出た時に不利になります。


つまり、自国のことも語れないような人間が、

外国人から尊敬されるようなことは、

ありえないのです。




"暗記をさせると創造力が駄目になる"とか、

"テストなんて意味がない"というのは、

まったくの間違いだと思います。


創造力というのは、

知識の組み合わせを変えることです。


十分な知識がなければ、

創造力などつくはずがありません。

創造力と思いつきを混同してはいけないのです。




"新しいことを始められる人"になるには、

逆説的ですが、実は、

"失敗ができる人"でもあらねばなりません。


なぜなら、新しいことをやるのに、

失敗はつきものなのです。


野球のバッターでも、

首位打者をとる人は打率が三割台。

それは三打席のうち、ヒットを打てるのが、

だいたい一打席ということ。


新規事業やビジネスにおける新しいアイデアなど、

私はもっと成功率が低いのではないかと思います。


だから新しいことをやれば、

たいてい失敗するでしょう。


ある意味、常に"ダメもと"でないと、

新しいことなど出来ないのです。




どこかで成功すると思っていれば、

あきらめない限り、

「うまくいくパターン」は見つかるものなのです。


そうであるならば、"失敗すること"は、

成功するための手段となります。


失敗すれば、そこから必ず新しい発見が生まれるもの。

それを学ぶことが自分の成長につながるなら、

失敗は進歩の源泉であることは間違いありません。




自分が将来どうなりたいか、

という目標をつくるのは大切なことです。


けれども、よく多くの人が考えるような、

「十年後にどうなりたいか」とか、

「遠い将来はどうなりたいのか」

という長期的な目標は、

私はあまり意味がないと思っています。


もちろん夢があるのはいいことですが、

それも「今日は何をしよう」という、

目の前の実行すべきプログラムがあってこそ。


つまり、短期における実行プランがなければ、

どんな夢もすべて"思い描くだけ"

になってしまうことが多いのです。


だから重要なことは、

一日一日のプログラムを自分でしっかりつくること。


あるいは一年くらいの短期的な目標を、

論理的に実行できるように明確に描くことです。




「十年経ったら何をしよう」などという目標は、

きわめて不確定要素が多いし、

どうなるかわからないもの。


けれども「今日一日に何をするか」だったら、

誰もが現在の自分の力で、

集中さえすれば必ず実行できる目標を選べます。


実はこの実行こそが、

なりたい自分や成し遂げたい仕事に近づくために、

重要なことなのでしょう。


一日、一カ月、半年、一年と、

現実に実行可能な計画を立てて実行していけば、

かなりのことが出来ます。




大切なのは「あきらめないこと」と、

「あきらめるべきこと」の見極めをハッキリすること。


「あきらめないこと」には、中長期的な見込みとして、

自分の中に「うまくいく」という、

確信がなければなりません。


そのためには見込みだけではなく、

「うまくいくための戦略」が、

しっかり構築されていることも重要でしょう。


もう一つは勘。

これは経験によって蓄積されるものですから、

難しいといえば難しいのですが、


ある程度熟練したレベルであれば、

「これは絶対にうまくいく」という直感に従って、

"あきらめない"という選択をとっていくことも、

間違いではないと思います。




「売れないな」と思ったら、

一度引いて戦略を立て直したほうがいい場合が、

いくらでもあります。


「いつか売れる」などと粘り続けていたら、

最終的には取り返しのつかないレベルまで、

落ち込んでいってしまいます。


そのときはズバッと決断して、

迷いを一切断ち切ってしまったほうがいいわけです。



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