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志村けんの名言と人物データ

志村 けん」(しむら けん)

「志村けん」は、東京都出身のコメディアンタレント司会者

コントグループ「ザ・ドリフターズ」(元々は音楽バンド)の一員であり、

日本を代表するコメディアンの一人として知られる人物。


厳格な家庭に生まれ、いつも重苦しい雰囲気の中で育ったものの、

テレビのお笑い番組で漫才や落語を見ていた時だけは、

一家みんなが笑いをこらえながらテレビを見ていたとこがきっかけで、

お笑い芸人の世界に憧れを抱くようになったとのこと。

高校3年の時に「いかりや長介」の家へ直接押しかけ弟子入り。

その後、「加藤茶」の付き人となり、1974年に「荒井注」が脱退した際に、

正式にドリフのメンバーとなった。

また、映画やドラマには出演しない姿勢を一貫していたため、

出演依頼を全て断っていたものの、「高倉健」から直々に出演依頼を受けたため、

1999年には映画「鉄道員(ぽっぽや)」に俳優として出演。

本人は「健さんの申し出があったのに出演しないとは言えなかった」と語っている。

(出典:ウィキペディア&楽天ブックス&どらく)

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■ 志村けんの名言集


気取らないこと。とにかく飾らない。

自分を大きく見せようとする段階で人はうそをつくし、

それはすぐに見破られるものですよ。




たとえば、舞台であるセリフを間違える。

お客さんは自分が観た回だけ間違えたと思う。

でも、実は毎回わざと間違えているわけです。

アドリブっぽく見せるのもひとつの芸なんです。




何よりお笑いには音楽性がすごく大事。

お笑いは間とタイミングで決まるものなんだけど、

そのセンスはまさに音楽的センスであり、

リズム感なんだよね。


コントの会話のリズムも、

それを少し狂わすからおもしろいのに、

もともとのリズムがわかっていないと、

狂わすこともできないわけだから。




マンネリで大いに結構。

ほかの人はマンネリまでいかないじゃないですか。

定番があるのは全然恥ずかしいことじゃない。


ドリフも僕のバカ殿も変なおじさんも、

必死でネタ作って、

とことん何年もやり続けてきたわけだから。

みんなマンネリの域まで達してみろって。




いろいんな人たちを遊びの場で見てきた。

思うのは、人生は不公平だってこと。


若いときからずっと恵まれている人もいる。

急上昇して急降下する人もいる。

人生の後半にピークを迎える人もいる。

ずっと恵まれない人もいる。


人生というゲームの勝ち負けに一定の法則がないことは、

これを見てもあきらかだろう。


ただし、ひとつ言えることがある。

ずっと恵まれてみえる人はみな必ず努力していることだ。

例外なくね。




非常識なことをするためには、

まず常識を知らなきゃいけないんだよ。




分かる人には、

演者が馬鹿で無い事くらいわかる。


むしろ利口ぶったり、

文化人ぶったりするようになったら、

芸人としておしまい。




お笑いみたいなものでも、

常識を知らないと本当のツボというものがわからない。


常識は基本線で、お笑いはその常識をひっくり返すところで、

コントとして成り立っている。

だから笑えるワケよ。


お笑いに限らず、常識をバカにする奴に、

常識を超えたことは絶対にできない。

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