「白洲 正子(しらす まさこ)」(1910-1998)
「白洲正子」は、東京府(現:東京都) 出身の随筆家。夫は実業家・官僚の「白洲 次郎(しらす じろう)」。 1914年(4歳頃)から能を習い始め、1924年には女性としては初めて能楽堂の舞台へあがる。 学習院女子部の初等科修了後、アメリカのハートリッジ・スクールに入学し、同校卒業後、聖心語学校へ入学。同校を中退し、1929年に「白洲次郎」と結婚をする。 1942年頃から「細川 護立」(ほそかわ もりたつ)に古美術の手ほどきを受けるようになる。 1964年に随筆「能面」で第15回読売文学賞を、1972年に随筆「かくれ里」で第24回読売文学賞を受賞し随筆家として高い評価を獲得。 日本の美についての随筆を多く発表した人物として知られている。主な著書に「美の遍歴」「金平糖の味」「余韻を聞く」「美は匠にあり」「ひたごころ」「ほとけさま」「舞終えて」 「衣匠美」「対座」「行雲抄」「器つれづれ」「花日記」「独楽抄」「美しくなるにつれて若くなる」「両性具有の美」「夢幻抄」「風花抄」 「雨滴抄」「私の骨董」「名人は危うきに遊ぶ」「日月抄」「風姿抄」「夕顔 随筆集」「いまなぜ青山二郎なのか」「老木の花 友枝喜久夫の能」「遊鬼 わが師わが友」 「木 なまえ・かたち・たくみ」「花にもの思う春」「白洲正子が語る能の物語」「縁あって」「私の古寺巡礼」「日本のたくみ」「鶴川日記」 「道」「魂の呼び声」「私の百人一首」「十一面観音巡礼」「明恵上人」「近江山河抄」「ものを創る」「謡曲・平家物語紀行 (上・下)」「かくれ里」 「古典の細道」「古都残影」「栂尾高山寺明恵上人」「巡礼の旅 西国三十三ヶ所」「世阿弥−花と幽玄の世界」「きもの美 選ぶ眼・着る心」 「韋駄天夫人」「お能の見かた」「私の芸術家訪問記」「梅若実聞書」「たしなみについて」などがある。 (参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス) |
