「曽野 綾子」

(その あやこ / 1931年9月17日 -)

曽野綾子
著書一覧

<曽野綾子のプロフィール>
「曽野綾子」は、東京都出身の女性作家。本名は「三浦知壽子」。日本財団会長職(1995年-2005年)や日本郵政社外取締役(2009年-)も務めた人物。同人誌の「ラマンチャ」や「新思潮」などに作品を掲載した後、作家の「山川 方夫(やまかわ まさお)」の紹介で「三田文学」に作品を掲載。掲載作品であった「遠来の客たち」が芥川賞候補となり23歳で文壇デビューを果たす。24歳の時に作家の「三浦 朱門(みうら しゅもん)」と結婚。数多くの作品を発表する一方で、30代には不眠症やうつ病などに苦しむ。やがて、これらの症状を克服し、その後も多くの名作を生み出している。主な著書に「人生の第四楽章としての死」「自分の始末」「幸せの才能」「二月三十日」「言い残された言葉」「老いの才覚」「アバノの再会」「安心したがる人々」「自分をまげない勇気と信念のことば」「聖書とは愚かな人々の記録である 神から与えられた37の知恵の言葉」「天駈けるほどの軽やかな魂の自由」「非常識家族」「疲れない人間関係のヒント」「善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか 救心録」「貧困の光景」「晩年の美学を求めて」「うつを見つめる言葉」「椅子の中」「三秒の感謝」「夫婦口論」「弱者が強者を駆逐する時代」など多数。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)



曽野綾子の名言一覧


幸福というものは、

客観的な状況ではなくて、


幸福を受け取る者の、

能力にかかっている。




すべて人生のことは、

「させられる」と思うから、

辛かったり惨めになるので、


「してみよう」と思うと、

何でも道楽になる。




人生において何が正しいかなんて、

誰にもわからないのだから、


自分の思うとおりに進んで、

その結果を他人の責任にしないことが、

大切ではないかと思う。




自分や周りにある影に目をつむり、

光ばかりを見ようとする子供たち。


それは幸福でなければならないという、

強迫観念に取りつかれた

社会が生んだ産物でしょう。


光しか見ないから、

ちょっと影に入るとイライラしたりキレたりする。

それは決して幸せな姿とは言えません。




好きなことだけやって、

嫌なことはやらなくてもいい。

そんな風潮が子供をおかしくさせている。


我がままで他人の痛みが分からない子供を、

育てているのです。




今は子供に強制する親や教師が、

余りに少ない。


何事も自主的にやらせるべきで、

強制するべきではないと言う。

これはとんでもない間違いです。




人にはできることもあれば、

できないこともある。


得意なものもあれば、

どうしても不得意なものもある。

それが一人の人間が持っている光と影なのです。


光にばかり目を向けるのではなく、

影の部分もしっかりと見据えることが大切です。




テレビや本や違った体験が

人間に知識を与えるのも本当だが、

ただ血縁と家畜と何もない荒野の広がる静寂が、

少年たちに多くのことを教えることも事実。




自分らしくいる。

自分でいる。


自分を静かに保つ。

自分を隠さない。


自分でいることに力まない。

自分をやたらに誇りもしない。


同時に自分だけが、

被害者のように憐れみも貶めもしない。


自分だけが大事と思わない癖をつける。

自分を人と比べない。


これらはすべて

精神の姿勢のいい人の特徴。




幸せでいることに慣れてしまうと、

不幸せになることが許せなくなってしまう。


自分の一生は、

いつも幸せでなければならない

と思い込んでしまう。


この誤った感覚が、

日本人をどんどん不幸せにしている。




社会が自分を裏切ったから、

自分はだめになった、

などと言うのは口実に過ぎない。


自分の教育に責任があるのは、

まず自分であり、最終的に自分である。




自分を追いつめないようにすること。

その方法は、何にでも

「たかが」をつけて考えることです。


何も思いつめることはないや、

という気になってくるのは、

おもしろいことです。



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