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高峰秀子の名言とプロフィール

高峰 秀子(たかみね ひでこ)」(1924〜2010)

「高峰秀子」は、北海道出身の女優エッセイスト

戦前から戦後を通じての日本映画界の大スターとして知られる人物。

夫は映画監督・脚本家の「松山 善三(まつやま ぜんぞう)」。


1929年の映画「母」の子役でデビューを果たし、

天才子役として広く知られるようになり、

日本のシャーリー・テンプル(ハリウッド女優)と呼ばれるようになる。

その数々の作品に出演し、日本映画界の大人気女優となり、

どの会社にも属さず、どの会社の作品にも出演するという、

日本初のフリー俳優として、日本の映画界に新しいシステムを作りだした人物でもある。

1979年の映画「衝動殺人 息子よ」を最後に女優業を引退し、

その後は、エッセイストとして活躍した。


主な著書に「にんげん蚤の市」「にんげん住所録」「おいしい人間」

「人情話松太郎」「コットンが好き」「にんげんのおへそ」

「台所のオーケストラ」「にんげん蚤の市」「私の梅原龍三郎」

「つづりかた巴里」「わたしの渡世日記(上下)」などがある。

(参考文献:ウィキペディア&楽天ブックス)

作品一覧(提供:楽天)を見る→


■ 高峰秀子の名言集


現場で働く人間にとって、

何より嬉しいのは、

同じ現場の人間に慕われること。




人間は一人では、

生きることも死ぬこともできない。


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