「武田 信玄(たけだ しんげん)」(1521-1573)


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「武田信玄」は、戦国時代の武将として有名な人物であり、甲斐国(かいのくに/別名:甲州-こうしゅう/現在の山梨県)を治めていた守護大名・戦国大名。越後国(えちごのくに/現在の新潟県本州部分)を治めていた武将・大名の「上杉 謙信(うえすぎ けんしん)」との良き好敵手として知られている。「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」(疾(と)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、動かざること山の如し)で有名な風林火山の軍旗を用い、無敵と呼ばれた騎馬軍団でも有名。 「甲斐の虎」「甲斐の龍」などとも称されている。遠征であった西上作戦(せいじょうさくせん)の途上で病により亡くなったとされている。 主な関連書籍に「武田信玄と毛利元就 思いがけない巨大な勢力圏」「武田信玄・勝頼の甲冑と刀剣」「細面だった武田信玄 甲斐武田軍団秘史」「風林火山の旗がゆく」「武田信玄と勝頼 文書にみる戦国大名の実像」「風林火山の帝王学」「芳声天下に伝わり仁道寰中に鳴る」「武田信玄と二十四将」「武田信玄と山本勘助 雌伏雄飛の道」「武田信玄と松本平」「西国の覇者・毛利元就 戦国最強武将・武田信玄 時代・歴史傑作特選集」「武田信玄を歩く 歴史の旅」「危機克服の名将」「決戦!川中島の戦い」「武田信玄の古戦場をゆく なぜ武田軍団は北へ向かったのか?」など多数。 (参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)



武田信玄の名言一覧


負けるはずがないと思っていた戦に負けたり、

滅びるはずがないと思っていた家が滅びたりすると、

人は皆、天命(運)だという。


だが、わしは天命だとは思わない。

それは皆、やり方が悪かったからである。

やり方さえよくすれば、負けるはずがなかろう。




自分のしたいことより、嫌なことを先にせよ。

この心構えさえあれば、道の途中で挫折したり、

身を滅ぼしたりするようなことはないはずだ。




いくら厳しい規則を作って、家臣に強制しても、

大将がわがままな振る舞いをしていたのでは、

規則などあってなきがごとしである。


人に規則を守らせるには、まず自身の言動を反省し、

非があれば直ちに改める姿勢を強く持たねばならない。




もう一押しこそ

慎重になれ。




渋柿は渋柿として使え。

継木をして甘くすることなど小細工である。




一日ひとつずつの教訓を聞いていったとしても、

ひと月で三十か条になるのだ。


これを一年にすれば、

三百六十か条ものことを知ることになるのではないか。




為せば成る、為さねば成らぬ。

成る業を成らぬと捨つる人の儚さ。




凡そ軍勝五分を以て上となし、

七分を以て中となし、

十分を以て下と為す。


その故は五分は励を生じ、

七分は怠を生じ、十分は驕を生じるが故。


たとへ戦に十分の勝ちを得るとも、

驕を生じれば次には必ず敗るるものなり。

すべて戦に限らず世の中の事この心掛け肝要なり。



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血液学、脳科学、心の病、禅に関する著書を数多く出版している医学博士、大学教授
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