「上杉 鷹山(うえすぎ ようざん)」(1751-1822)
「上杉鷹山」は、出羽国米沢藩の第9代藩主を務めた江戸時代中期の大名。財政難に陥っていた米沢藩を倹約や民政事業による財政の立て直しを行ったことで知られている人物。江戸時代屈指の名君の一人に数えられている。 「鷹山」の名称で有名ではあるものの、これは藩主引退後の出家号であり、諱は勝興→治憲。幼名は松三郎→直松。通称は直丸。次期藩主・治広に藩主としての心得「伝国の辞(でんこくのじ)」を残しており、「一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候」 「一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候」「一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候」の3条から成り立っている。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス) |
