「宇野 千代」

(うの ちよ / 1897年11月28日 - 1996年6月10日)

宇野千代
著書一覧

<宇野千代のプロフィール>
「宇野千代」は、山口県出身の女性小説家。1921年に「脂粉の顔」で作家としてデビュー。1970年に『幸福』で女流文学賞、1972年に日本芸術院賞受賞、1974年に『雨の音』を発表、1982年に菊池寛賞を受賞。代表作に10年かけて書かれた『おはん』、『色ざんげ』、『或る一人の女の話』、自伝的小説といわれる『生きて行く私』などがある。1980年代からは長命と恋愛遍歴をもって女性向け幸福論エッセイを数多く書いた人物。また、着物デザイナーとしても活躍し、晩年に到るまで旺盛な活動を続けた女性実業家の先駆者としても知られている。岐阜県本巣市(旧本巣郡根尾村)にある樹齢1500年以上の彼岸桜の古木である、「淡墨桜」の保護活動なども行い、1990年に文化功労者を授与されている。主な著書に「不思議な事があるものだ」「私何だか死なないような気がするんですよ」「幸福人生まっしぐら」「人生学校」「私の作ったきもの」「幸福に生きる知恵」「私の長生き料理」「生きる幸福老いる幸福」「私は夢を見るのが上手」「私のしあわせ人生」「恋愛作法」「宇野千代振袖桜」「一ぺんに春風が吹いて来た」「倖せを求めて生きる」「行動することが生きることである」「幸福は幸福を呼ぶ」「しあはせな話」「私は幸福昔もいまもこれからも」「私の作ったお惣菜」「幸せのつくり方」「私はいつでも忙しい」「生きて行く私」「自伝的恋愛論」「白い家と罪 」「水西書院の娘」「オペラ館サクラ座」「罌粟はなぜ紅い」「ある客間での物語」「別れも愉し 第一書房」「人形師天狗屋久吉」「日露の戦聞書」「私のお化粧人生史」「わたしの青春物語」「恋は愉しいか」「或る一人の女の話」「残ってゐる話」「大人の絵本」「或るとき突然」「青山二郎の話」「悪徳もまた」「幸福を知る才能」などがある。 (参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)



宇野千代の名言一覧


夢中で生きることが、

生きていく目的。




一歩を踏み出した人間には、

すでに過去は消え


目の前には、

洋々たる道がひらけてくるのです。




幸福のかけらは幾つでもある。

ただ、それを見つけだすことが上手な人と、

下手な人とがある。




うまくいっている夫婦というのは、

お互い言いたいことを言っているように見えても、


言うべきことと、

言ってはいけないことをちゃんとわきまえている。




私は幸福を撒き散らす、

花咲かばあさんになりたい。




お洒落をする、或いは

気持ちよく身じまいをすることは、

生きて行く上の、生き甲斐でもある。


ちょっと大袈裟に言うと、

人としての義務である。


お洒落は自分のためにだけするのではなく、

半分以上は、自分に接する人たちの眼に、

気持ちよく映るように、と思ってするのだから。




仕事は楽しんで続けるのが、

鉄則。




忘れること、それが最上の治療法であり、

恋人との愛をつなぐエチケットです。




人間は二つのことを、

同時に考えることはできません。




病気になったら、私が一番最初に

気をつけることは何かというと


それは、どこの病院に行こうか、

ということではなく、

なんの薬を飲もうかということでもなく、


1日中、病気のことで

頭をいっぱいにしないこと。




挫折はあなたを、

たくましくする。




人生は、

行動である。




最も身近な人を幸せにすることは、

最も難しいことであり、

それ故に、最も価値のあること。




欠点はかくすものではない。

利用するもの。



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