「山中 鹿介 幸盛」

(やまなか しかのすけ ゆきもり / 1545年9月20日※推定 - 1578年8月20日 )

山中幸盛(鹿介)
書籍一覧

<山中幸盛(鹿介)のプロフィール>
「山中幸盛(鹿介)」は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した山陰地方の武将。異名は「山陰の麒麟児」。山中家は宇多源氏の流れを汲む佐々木氏の支流であり、尼子氏の一門。幼少の頃より尼子氏に仕え、尼子氏が滅びた後も生涯をかけて尼子再興運動を行った人物。衰亡した主家に忠誠を尽くして戦い続けたその生き様は、江戸時代に忠義の武将として称されるようになり、悲運の英雄「山中鹿之助」像が創られていく。これが後世にも伝えられていき、武士道を精神的な支柱とした明治以降の国民教育の題材として、教科書にも採用されたとのこと。改名は「山中甚次郎→亀井甚次郎→山中鹿介幸盛」。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)



山中幸盛(鹿介)の名言一覧


願わくば、

我に七難八苦を

与えたまえ。



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