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吉屋信子の名言と人物データ
「吉屋 信子(よしや のぶこ)」(1896〜1973)
「吉屋信子」は、大正から昭和に活躍した新潟県出身(育ちは栃木県)の小説家。
高等女学生時代に、新渡戸稲造の「良妻賢母となるよりも、
まず一人のよい人間とならなければ困る。
教育とはまずよき人間になるために学ぶことです。」という演説に感銘を受け、
少女雑誌に短歌や物語の投稿をはじめたとのこと。
卒業後は上京して作家を志し、1916年(大正5年)から「少女画報」誌に連載した、
「花物語」で人気を集め、「大阪朝日新聞」の懸賞小説に当選した、
「地の果まで」で小説家デビューを果たす。
1934年には後に映画化されることになる「あの道この道」を発表。
1952年には「安宅家の人々」「鬼火」で第4回日本女流文学者賞を受賞し、
文学界にも広く認められるようになり、
晩年には「徳川の夫人たち」「女人平家」などの、
女性史を題材とした長編時代小説を発表した。
その他の主な作品に「ときのこえ」「少女期」「乙女手帖」「良人の貞操」「毬子」
「司馬家の子供部屋」「小さき花々」「からたちの花」「櫻貝」「紅雀」「七本椿」
「白鸚鵡」「暁の聖歌」「三つの花」「屋根裏の二處女」など多数。
(参考文献:ウィキペディア&楽天ブックス)
■ 吉屋信子の名言集
不幸は突然くるかも知れぬが、
幸福は突然はやって来ない。
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