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源義経の名言
「源 義経(みなもとの よしつね)」(1159〜1189)
鎌倉幕府を開いた源頼朝の異母弟にあたる平安時代末期の武将。
幼名は「牛若丸」(うしわかまる)。
兄の頼朝が平氏打倒の兵を挙げる(治承・寿永の乱)とそれに馳せ参じ、
天才的な戦術で一ノ谷、屋島、壇ノ浦の合戦を勝利に導いたことで知られる人物。
世間の人々から英雄扱いされる反面、その優れた軍才とを兄に恐れられ、
全国に「朝敵」として捕縛の命が出され最後は非業の死を遂げている。
義経の生涯は、人々の同情を呼び、
次第に架空の物語や伝説が次々と付加され、
史実とは大きくかけ離れた義経像が形成された。
中でも特に有名な「武蔵坊弁慶」との五条の大橋での出会い、
陰陽師鬼一法眼の娘と通じて伝家の兵書『六韜』『三略』を盗み出して学んだ話、
衣川の戦いでの弁慶の立ち往生伝説などは、
死後200年後の室町時代初期の頃に成立したといわれる『義経記』を通じて、
世上に広まった物語である。
(出典:ウィキペディア)
迅速こそ、
勝利である。
道なくば岩をよじ、
山をつらぬいてゆくまでよ。
必勝の戦法は敵を包囲するにあり、
そのためにはいかに兵力僅少でも、
二手に分けなければならぬ。
勝つということは味方に勝つ事である。
味方に勝つというのは我に勝つ事だ。
我に勝つというのは、気をもって体に勝つ事である。
人よりも百倍臆病であるとすれば、
百倍勇気をふるい立たせればいいではないか。